散歩道<2069>

                      インカ・マヤ・アステカ展天空の都市今ここに蘇る

 '07.11.15今回の展示会は難しいものであった。なぜならこれらの文化が西洋列強(スペイン等)の進出により、世界の歴史上から消されていること、又文字を持たないことにより、記録が残されていないことである、遺跡や文物が破壊され、祭礼時に使われた儀式の道具、飾り物や、小物が残されているのみである。人種的には、モンゴロイドの流れを汲むものである。最近になって発掘によりその存在が明らかになり、歴史学者等がその遺跡や物から歴史を遡ろうとし、その文明が解明されようとしている。石の上に描かれた遺跡にも、文字らしいものは見つかっていない、殆どが彫刻であり土の容器に描かれた動物や模様で年や年月を表しているものと考えられる。

 インカ文明:世界遺産のマチュピチ、石を山の上まで積み上げての畑で農作物の収穫、自然を崇拝し、自然は恐れ多いもの、豊穣の祈りが行われていた。ミイラを崇拝した文明である、人はこの世とあの世で生き続けると信じていた。
 マヤ森林文明、密林に文明をもたらした。自然を崇拝している。トウモロコシを栽培していた。ヒスイ製の容器、飾りなどをつくり、交易も盛んであったようだ。
 アステカ文明:水郷地帯が計画的に作られており、農作物の栽培が盛んであった。貨幣も使われ、交易も行われていたようである。一番大事な人間の命を生贄として神にささげた、そこにはよろずの神がいた(人間的な)と考えられており、交渉ごとも色々とあったそうだ。
上記3つの文明は、スペイン壊滅的に破壊されたが、西洋文明とは全然違うものとして、征服されるまで栄えていた。

 そこで分ったことは、土地を侵略して取ろうとした形跡はなく、(戦争の目的は)むしろ、捕虜にした人を神への生贄(いけにえ)としてさし出したものである。そこで得られた物は、王としての権威を高め地位を安定させようとして種族に分配していたのだ。その世界では動物はジャガーや、蛇が崇められていた(水陸両用で、再生することが可能と信じられていた)。鉄が使われたという記憶もない、部族が戦う時は石斧であった。それは鉄を溶かす技術がなかったことでもあり、文明の進化から残されることでもあった。

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備考:'07.10.3-12.24.神戸市博物館、'08.111-3.16,岡山市デジタルミュージアム、'08.3.25-6.8福岡市博物館似て開催予定