散歩道<2048>

                        異見新言・鉄人28号と憲法(2)・立憲主義なき国、日本               (1)〜(3)続く  
 
リモコンは誰に

 僕たちがあの発言に心のどこかで「そうだよね」と応じてしまうなら、憲法は一転して国民を規律するための法と化す。公権力は、それに背いたものを取り締まってくれる頼れる力だ。個人の尊重・幸福追求権の一つとしてプライバシー権を保障する憲法13条は、民法同様、他者のプライバシーを害さぬように僕たちが守るべき規定になる。こうして公権力の不正を正す法が一つ失われる。
 「リモコンしだい」の公権力の危険性を自覚できれば、憲法は僕たちがこれを制御するための道具になる。「立法その他の国政の上で」幸福追求権を尊重せよと定める13条は、国政を行う公権力にたいして不正に個人情報を得てはならないと命じる規定である。
 特に公権力を制御するために憲法が必要なのは、公権力自体が鉄人のごとく強大な力だからだ。例えば、「民」ならパッキングでもしない限り住民基本台帳ネットワークの個人情報を入手できない。でも、日本最大の個人情報をもつ、「官」は違う。そのことを意識している人は少ない。

義務負う公権力

 数年来、講義などの聴講者に「憲法は何のための法か、国民は憲法を守る義務を負うか」など、憲法のイメージについて聞いている。憲法は公権力を制限するための法だから、それを守る義務を負うのは国民ではなく公権力だ。こんな立憲主義の理念を知っている回答は、1千通を超えるアンケートの中で2通しかない。だから僕は、権力を制限するための規範の必要性を強調しつづけるべきだと思う。

'07.10.6.朝日新聞・専修大教授・田村 理(おさむ)