散歩道<1907>

                           けいざいノート・格差問題の深層(1)                 (1)〜(4)続く
                          生産と闘争の技術が混在・再配分に新しい意義も

 格差問題が大きくとりあげられる中で、市場競争やグロバル化に対する批判が盛んである。市場競争を擁護する経済学者や企業経営者の議論と、市場競争を批判し格差解消を訴える論者(社会学者、政治学者、評論家ら)の議論が、どうもからみあっていない印象を持つのは筆者だけだろうか。経済学者が描く市場競争のイメージは、価格の値下げ競争であり、価格というシグナルのもとで、人々は自由に商品やサービスを生産し、交換する。互いの活動を邪魔しあう「争い」というイメージはない。価格による競争は、資源や人材の最適な使い方にみちびき、社会の厚生を最大にするというのが経済学者の信念である。市場経済の中で、個人や企業が自己利益を最大にするように競争すると、「神の見えざる手」に導かれ、結果として社会の公益に貢献することになる。というアダムスミス以来の考え方だ。
 

'07.8.18.朝日新聞・経済産業研究所上席研究員・小林慶一朗氏

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