散歩道<184>
広告 無印の良品(1)の未来(格調高い・興味ある話)・言葉の大切さ「が」「で」
無印良品はブランドではありません.無印良品は個性や流行を商品にせず、商標の人気を価格に反映させません、無印良品は地球規模の未来を見通す視点から商品を生み出してきました。それは「これがいい」「これでなくてはいけない」というような強い嗜好性を誘うような商品づくりではありません。無印良品が目指しているものは「これがいい」ではなく「これでいい」と言う理性的な満足感をお客様に持っていただくこと。つまり「が」ではなく「で」なのです。
しかしながら「で」にもレベルがありま。無印良品は「で」のレベルを出来るだけ高い水準に揚げることを目指しています。「が」には微かなエゴイズムや不協和が含まれますが「で」には抑制や譲歩を含んだ理性が働いています、一方で「で」の中には、あきらめや小さな不満足が含まれるかも知れません。従って「で」のレベルを上げるという事は、このあきらめや小さな不満足を払拭していく事なのです。そういう「で」の次元を創造し、明晰で自信に満ちた「これでいい」を実現すること.それが無印良品のビジヨンです。これを目標に約5000アイテムにのぼる商品を徹底的に磨き直し、新しい無印良品の品質を実現していきます。
無印良品の商品の特徴は簡潔であることです。きわめて合理的な生産工程から生まれる製品はとてもシンプルですが、これはスタイルとしてのミニマリズムではありません。それは空の器のようなもの。つまり単純であり空白であるからこそ、あらゆる人人の思いを受け入れられる究極の自在性がそこに生まれるのです。省資源、低価格、シンプル、アノニマス(匿名性)、自然志向など、いただく評価は様様ですが、いずれに偏ることなく、しかしそのすべてに向きあって無印良品は存在していたいと思います。
多くの人々が指摘している通り、地球と人類の未来に影を落とす環境問題は、すでに意識改革や啓蒙の段階をすぎて、より有効な対策を日々の生活の中でいかに実践するかという局面に移行しています。また、今日世界で問題と成っている文明の衝突は、自由経済が保証してきた利益の追求にも限界が見えはじめたこと、そして文化の独自性もそれを主張するだけでは世界と共存できない状態に至っていることを示すものです。利益の独占や個別文化の価値観を優先させるのではなく、世界を見渡して利己を抑制する理性がこれからの世界には必要になります。そういう価値観が世界を動かしていかない限り世界は立ちゆかなくなるでしょう。おそらく現代を生きるあらゆる人人の心の中で、そういうものへの配慮とつつしみがすでに働きはじめているはずです。
1980年に誕生した無印良品は当初よりこうした意識と向き合ってきました。その姿勢は未来に向けて変わることはありません。現在、私達の生活を取り巻く商品のあり方は二極化しているようです。一つは新奇な素材の用法や目を引く造形で独自性を競う商品群。希少性を演出し、ブランドとしての評価を高め、高価格を歓迎するフアン層を作り出していく方向です。もう一つは極限まで価格を下げていく方向。最も安い素材を使い、生産プロセスをぎりぎりまで簡略化し、労働力の安い国で生産することで生まれる商品群です。
無印良品はそのいずれでもありません。当初はノーデザインを目指しましたが、創造性の省略は優れた製品につながらないことを学びました.最適な素材と製法、そして形を模索しながら、無印良品は「素」を旨とする究極のデザインを目指します。一方で無印良品は低価格のみを目標にしません。無駄なプロセスは徹底して省略しますが豊かな素材や加工技術は吟味して取り入れます。つまり豊かな低コスト、最も賢い低価格帯を実現していきます。このような商品を通して北をさす方位磁石のように、無印良品は生活の「基本」と「普遍」を示し続けたいと考えています。
備考:(平成15年3月8日の無印良品の広告です。楽しい・格調高い言葉「が」・「で」に興味を持ちました)
備考:'05.7.2.朝日新聞「無印良品」上海に中国1号店を開店、販売品目1500点、半数は中国産で、日本からの逆輸入だそうだ。