散歩道<1784>

                    経済気象台(167)高い生活への満足感

 「いざなぎ超え」と言われても、国民の間には景気回復の実感がないのは当然だろう。本紙が伝えるように、月給も地価も下落している中で、景気が良いという気分にはならないだろう。特にバブル期やその後に家を建てて、マンシヨンを購入した世帯は「資産下落」の痛みが癒えるのに、まだ時間がかかるだろう。しかし、一方で不思議なのは、日本人の幸福感は高度成長期と比べてもあまり低下していない、という事実である。「厚生労働白書」平成18年版)を読んでいると、「現在の生活に対する満足度」は相変わらず高い。現状に60%が満足しており、満足度が最も高かった1995年度よりも10ポイント低下しているが、『一億総中流』論が定着した60年代から80年代までと比べて特段に低いとは言えないのである。もう1つ特徴的なのは満足感のないようだ。「物質的にある程度豊かになったので、これからは心豊かさやゆとりのある生活をすることに重点を置きたい」とする人が、「物質的な豊かさ」を望む人よりも多数となったのは80年だが、その差は段々と広がり、もはや30ポイントになっている。もちろん「格差論」に代表されるように、非正規雇用の拡大などがあり、今後のことは分らない。特に、近年、大企業経営者の年収と株主への配当は増加していない、という事実により、これまでの「平等」を価値としていた社会の質の変化を指摘する向きもある。そうかも知れない。たぶん、飢えを原体験にもち、リタイアしつつある「団塊」とそれ以上の世代と、豊かさの中で育った人間とが同一の価値観を持つのは無理だ。グローバル化も併せ、世代の変化とともに、会社や組織、そして経済の質が変わるのは、当然とも言えるのではないだろうか。
'06.11.17.朝日新聞