散歩道<1658>
 
                 時流持論(4)東アジア・日本・説明責任
                   (1)〜(4)続く

 とりわけ懸念されるのは、民主主義統治の基本原則の一つと考えられるようになった「アカンタビリティー」という概念が日本に浸透していないように見受けられることである。日本語では通常、「説明責任」と訳されているが、この言葉が意味することは、説明できないことは行わない、疑義を持たれる場合には説明し理解を求める、そして、合理的な説明が出来ないのであれば相応の責任を取る、という原則であり、それを体現するシステムである。海外の生活が長かったせいであろうか。最近、日本の地方を訪れる機会が多くなったせいであろうか。日本は本当に美しいと思う。ここ数ヶ月の間に訪れた地。世界遺産である京都下鴨神社境内の見事なイチョウ、富山県高岡市の国宝・瑞龍寺の格子窓をとおしてみた立山連峰、鳴門海峡の渦潮、長崎市のたたずまい・・・・。日本の微細な美はその自然や神社仏閣だけにあるわけではない。最近の日本映画やアニメ、さらには海外の日本食。微細さを土台としつつ、現代の価値に適合した素晴らしさが人々の心を打つ。「美しい日本」の概念は、日本国土の美しさや文化の優秀性だけを含むものではないであろう。私は安倍政権の掲げる「戦後体制の終焉」という概念に賛同する。日本は戦後体制の中で平和と繁栄を享受してきたが、戦後60余年たった今、国際関係も国民意識も大きく変わった。そのような変化に合わせた制度作りを行う必要性は明白であろうと思う。ただ、そのような新しい体制を構築していくためには、従来にも増して「アカンタビリティー」が求められていくのではないだろうか。

'07.2.5.朝日新聞・日本国際交流センターのシニアフェロー・田中 均氏

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