散歩道<1596>

                  鶴見俊輔さんと語る・伝えたいこと(4)     対談相手・比較文学者・四方田犬彦氏    (1)〜(4)続く

弟子はどっちかで先生を裏切っちゃうんですね。四方田
 四方田 日本や東南アジアでは、つねに欧米から新しいものが打ち寄せてくるから、そういう問題が起こるわけですね。新しいものに付き合わずに自分の理論を作ろうとすると、「先生ははもう古いよ」と言われる。オウム真理教は、先生が殺せと言ったら弟子が殺すという、絶対的な関係をつくった。先生が弟子を人格的に食いつぶした。ああいう不幸なかたちで出てきた師匠と弟子の問題は、まだ解決されていないですよ。食うか食われるかという以外の道はないのか。
 鶴見 
ブルガリアに行ったことがありますか。リラ修道院では暮らしの最小単位は先生と弟子の一対一。普通の大學教授と学生たちとは違う。その関係が、トルコの包囲から中世キリスト教の文化を守り抜いた。
 四方田 情報と理論で言えば、弟子にすぐに追い越されてしまう。教師として大事なのは、ものを考える身振りとか、古本の買い方とか、身をもって何を提示出来るかということではないか。友人の巽孝之
(慶応大学教授)は「大事なのは、師弟という垂直な関係ではなく,友情だろう」といってましたね。
 鶴見 「五足の靴」というのがあるでしょう。与謝野鉄幹が北原白秋、木下太郎、吉井勇、平野万里をつれて九州へ旅行する。そこでみんなはものすごく刺戟を受けるんだけど、翌年には彼らは
(万里を除き)連平して(れんぺい)新詩社を脱会しちゃう。鉄幹の専横にたえられなくなったんだ。
 四方田
 弟子はどっちかで先生を裏切っちゃうんですね。
 鶴見
 私は自分の活動に対しては、鉄幹のような目に遭うことを覚悟して、生きてきました。自分には弟子はいないと考えている


'07.3.6.朝日新聞・鶴見俊輔さんと比較文学者・四方田犬彦氏

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備考:京都浄瑠璃寺の三重塔の壁に描かれた像は人物の服装から平安〜鎌倉の散楽(さんがく)と呼ばれるイナバウアと、大陸伝来の曲芸、刀の回転を表す効果線は、12世紀の鳥獣戯画でも見られるそうだ。2007年3月20日朝日新聞、

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