散歩道,<5023>・・・・・・・・  1583b               

                             講演会・私の江戸時代(2)  ・・・・ (八代将軍吉宗さん)       (1)〜(2)続く           

 
3、前野良沢(1723-1803)は、長崎に留学、オランダ語学を整理、体系化した(和蘭オランダ訳文略)、又、「解体新書」の指導的役割りを果たし、完成に努力した。この翻訳は、日本訳ではなく漢字訳であったそうである。(間違って、伝わっているようだが)。

4、平賀源内
(1728-1779)は、本草学者・蘭学者であるが、エレキテル(摩擦起電機)の実験や、寒暖計の発明、鉱山開発などもやっている。又、物産会の開催もした。

5、このような知識の輪が、全国
(特に高松藩・松平氏や大阪・京都等)で、盛んになり、当時の多くの学者(その人等は、学者あり、大名あり、民間人あり)等が、ある場所に集うところとなり、年に一度意見交換を行っていた。その輪が大きくなって全国に広がっていったと考えられる。

6、又、全国の物産を集めて、日本で初めて、民間主催の物産展を開く人も江戸中期
(18世紀中以降)以降には出てきたという。

7、吉宗は、本や、TVで伝えられているような
(NHK大河ドラマ・八代将軍吉宗のように)、勇ましい武勇伝は全く無く、薙刀(なぎなた)は持ったことは有るかもしれないが、剣を持ったことは一度もなかったと思われると指摘された。吉宗が平々凡々の大名であり、科学的な関心の持ち主でなかったら、日本の近代化は恐らくもっと遅れていたと考えられると。
 19〜20世紀に、世界的に見ても近代化に成功したのは日本だけであったと言われる、が、その背景に、江戸時代の知識階級の全国的な土壌の広がりが出来つつあったことが、その背景にあったと考えられるという指摘は、興味あるものであった。


'12.11.1.日文研・一般講演会日文研教授・司会・教授・井上 章一氏、発表者・教授・笠谷 和比古氏、
         

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