散歩道<1510>

                    教育改革の前に・学校・教師信じてみよう(2)          (1)〜(3)続く

  メディアが注目するのは、信じられないような学校事件や、とんでもない不祥事教員ばかりである。地域の人たちは、そういうニュースを通して、「今の学校は」という不信感を抱く。地道に「よりよい教育」を手探りしている目の前の学校や教師には目を向けないまま、多くの人は今の学校を語っているのだ。

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 もう一つは、教育行政が世論に応えて「何か改善策を」とやるたびに、学校現場は余裕がなくなっていく、という悪循環にはまっていることである。特に、授業の工夫や子供と向き合う為の時間的余裕がなくなってきている。1980年代以降、学校は、ろくに教員も増員されないまま、つぎつぎと「改善」「改革」の名の下で、新しい試みの指示が上から降ってくるようになった。その結果、教師の職務は、水ぶくれのように多方面で不定形なものへと広がってきてしまった。会議や研修や書類つくりの仕事が増えた。トラブルや苦情への対処の時間も増えた。教育活動そのものではなく評価資料作成や評価の為の時間も増えた。学校選択性のもとでは、パンフレッドを作って「営業」に出かける必要も生まれてきた。見栄えのよい新規の事業でないと予算がつかない仕組みが、そうした職務の水ぶくれに拍車をかけている。

'07.1.25.朝日新聞・日本大学教授・広田照幸氏