散歩道<1301h>           

                    樹木希林さん 友と交わした言葉(2) 死ぬことは、だれかの心の中で生き続けること

 仏画に合い「孤独」を語った

 
ふたりは、1881年に希林さんが「何必館」を訪れたのを機に出会った。定説を「何ぞ 必ずしも」と疑う自由な精神を持ちたいとの願いから名付け、希林さんはこの精神に共鳴し、梶川さんと人生を語るようになったという。
  「死への恐れ、定説から自由でいることのむずかしさも感じる。だからここに通じ続ける。ほっとするの」
 何必館には、近代日本画家村上華岳
(かがく)(1888-1939)の「太子樹下禅那」(たいしじゅかぜんな)がある。51歳で早世した華岳がぜんそくの発作の中で描いた遺作で、若き日の釈迦が座禅修行する姿が描かれている。絵には「官能性」「遊び心」と同時に「死への不安や葛藤」が同居している。希林さんは京都に来る度にこの仏画に向き合い、「孤独」について語り合った。
  「独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来る」

梶川さんが仏教の教えを語ると、希林さんはこう返した。
  「絆も信じ過ぎるとお互い苦しくなる。孤
(こ)の意識が人を育てる」 <検>人<検>教養、