散歩道<1256>
講演会・忘年会は世界にあるか
忘年会の定義:1、自分の年を忘れるほど面白く思うこと、2、年齢の差を気にとめない、3、その年の苦労を忘れること。(国語大辞典)だそうだ。
歴史的には最古の例は、室町時代からこれに近いことはあったようだ。これでは、本格的に酒を飲んで「乱舞」するまで盛り上がったという、日記にはこのような(忘年会)記述は出てこないそうです。江戸初期には、お城で群臣を集めて毎年の12月30日から「連歌の会」の催しで「酒宴」をおこなった記述もある。明治に行なって、家族皆集まって、父母、兄弟、親戚、同僚、など1年間を無事過ごしたことを喜び忘年会を行なった。明治の中ごろからはパーテイ(舶来の流行のごとく)と称して集会を行なった、そこでは親睦が中心である。私的忘年会では会費をとり、演説、乾杯などが行なわれた。ここでは人間関係の拡大が中心になる。大正初期からは、ホワイトカラ−から職人、労働者が会費積み立て方式が普及してくる。(組織の忘年会は戦後であり、その後は社用忘年会が中心になる)。戦後になって企業が中心に行なわれた年忘れの会である。女性の会では、アルコールは一切出ないで、クリスマスが中心になる。(女性は外では酒は飲まないということがキマリのようなものであったから、戦後でも女性の場合は、酔いつぶれることは実に見苦しいと考えられ、家の躾として父が娘に教えなくてはいけないこととされた)。(女性が酒を飲むようになったのは’70以降で、それもワインが中心)。
海を越えた忘年会:アメリカでは、それはクリスマスパーテイではないだろうか。それをやるようになったのは、日本企業の現地駐在員がはじめてからではないかと思う。中国や台湾ではそれらしい名前は残っているが、歴史的に見ると戦前、日本人がこの国に残したものが、今伝わっているのではないかと考えられる。最近の中国の経済発展は外食することが多くなった結果、企業中心の忘年会が盛んになってきつつあるようだ。
'06.9.26.国際日本文化センター教授・園田英弘氏