散歩道<1247>

                        時を読む・たしかな言論 活かすには(2)          (1)〜(3)続く

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 地域についても同じことがいえる。地域といえば、だれもがまず、昔ながらの商店街や下町といった、互いが互いをよく見知っているような「まち」、季節ごとに町内会が共同の行事をとりおこなうような「まち」を、習性のようにイメージする。が、実際の地域生活を見れば、もっとも目立つのは、郊外の集合住宅や都市に乱立するマンションだ。ここでは、地域の関係は、見知らぬひとたちの集合でしかない。地域は地べたの水平の関係ではなく、階ごしの垂直の関係になっている。隣人が上に、下にいて、エレベータでたまたま顔をまじ交じわしても、それが内部者か外部者かすらわからない・・・・。そのようなそれぞれに内に閉じた光景がないかのごとく、地域といえば、すぐに親密な共有空間をイメージするのは異様である。イメージと現実の落差ということで言えば、凶悪犯罪の急増という印象と犯罪件数の統計とのあいだのずれや、「介護問題」の中で語りだされる「老い」の像と、老境にさしかかった団塊世代のじっさいの意識との意外に大きなずれも、気になるところだ。イメージの向こうにある「現実」をしっかりととらえよと言いたいのではない。統計的事実もまた別のイメージでしかないし、そもそもが社会はさまざまなイメージを媒体として編まれている。

'06.8.21.大阪大学副学長・鷲田清一氏

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