散歩道<1177>

                    時流自論・「価値の共有」は可能か(1)              (1)〜(3)続く

「境界線上から当知的対話とグローバルな課題への取り組み」と題する会議が国際会館(東京・六本木)で開かれ、アメルリカやアジアから有識者17人と3日間に渡って意見を交換する機会を得た。形而上学(けいじじょうがく)から国際情勢に至る多種多様な視点に満ちた議論は、昨今しばしば耳にする「価値の共有」という言葉について、改めて考えさせられるものだった。自由、民主主義、市場経済、法の支配、人間の尊厳及び人権といった「価値の共有」は、紛れもなく、「新世紀の日米同盟」(今年6月に発表された日米共同文書)の中核をなす概念であり、今日の国際政治をつき動かしている重要な言説である。しかし、その具体的なイメージは、どこまで共有されているのか、共有されえるのか、そして、どのように共有されるべきなのか。
日本にとって対アメリカ外交対アジア外交は、ますます密接に連動しあうものになっている。両者を二項対立的に捕らえることは、もはや現実的でも理想的でもない。それゆえに「価値の共有」という高次の普遍性を標榜する際には、単なる「日米同盟」の枕言葉としてではなく、より廣い地域的文脈に配慮しながら、塾議を重ねてゆく必要がある。

'06.8.21.朝日新聞慶応大学教授・渡辺 靖氏

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