散歩道<1091>

                   経済気象台(40)・ヌーベルなわが国指導層

 福井日銀総裁が村上ファンドに出資していたという事実を知って、ヌーベル・キュイジーヌという言葉が突然浮かんだ。70年代初頭に、バターとクリームそしてワインをたっぷり使用した重厚なソースが売り物のフランス料理に対し、素材の味を生かした軽めの味付けの革新的なフレンチが登場してきた。この料理の革新と同様な経済政策の革新が進んでいるということではない。重大な歴史の局面にふさわしくない、あまりにもライト過ぎる姿勢にあきれただけである。小泉首相は、東京駅で凶弾に倒れた浜口雄幸首相に自分を重ねて、自らの改革を語ることがあったという。しかし、浜口首相、井上準之助蔵相が立ち向かった改革と、小泉首相、福井総裁がやったことを比較することははずかしい。浜口、井上は逆風の中で改革を命がけで断行した。世界大恐慌という不運に直面し、暗殺でこの世を去ることになった。ここには改革に対する重厚な思いがあり、80年近い歴史の経過の中で輝きが失われていない。彼等が今の時代、経済・金融政策の中枢にいたなら、うさん臭さがぬぐいきれない投資ファンドに「民間時代のことでもあり、応援の意味で」などということで資金提供などしなかっただろう。この改革とは何だったのか。金融機関は本当に世界的な競争力がついたとは思えない。道路公団を民営化したところで、無駄な道路網建設は続く。改革の本丸と言い続けた郵政民営化にしても、特別扱いされた巨大な物流と金融の会社が出来たことにならないか。社会保険庁など本丸意外のところではとてつもない膿(うみ)が噴出している。本丸が片付いたからこれらの改革も時間の問題だとでもいうのか。株価の低迷が続き、自動車の販売も精彩を欠いている。日本経済は決して楽観を許される状況にない。政策の重責を担う人たちに漂うライトさが気になる。

'06.6.24.朝日新聞