散歩道<1089>

                       経済気象台(38)・専門家の存在意義

 大騒動を経て郵政民営化法が成立し、07年10月の施行に向け準備が始まった。金融に多少の知識がある人は、民営化された郵政公社が巨大な規模を維持したまま、商業ベースで成り立っているとは思ってはいない。本音で言えば、現在の経営形態でよいから。最も重要なことは郵貯・簡保の大幅な規模縮小に向けて、速やかに具体的に第一歩を踏み出すことだと思っている。それにもかかわらず、最終的に識者の間でもこの法案が支持されたのは、規模縮小が速やかに実現する政治的可能性は極めて低いという判断があったからである。規模縮小の難しさは、参議院で自民党の反対勢力の存在によって当初法案が否決されたこと、小泉自民党の圧倒的優性が明確になるまで、民主党が規模縮小を主張できなかったことに象徴的に表れている。そうであれば、最悪の姿、つまり、現状維持を続け将来の事態改善に向けたモメンタムを欠くことだけは避ける必要があった。その意味で、民営化賛成論者の間でも、「郵政民営化」に対する思いは複雑である。一連の過程を振り返ってみると、この問題について政府の専門家による詳細な分析がついに明らかにされることはなかったことに驚きを禁じ得ない。もちろん専門家は政府部内だけに存在するわけでもなく、大学やシンクタンクにも存在するが、そこからも時論の域を越えて、本格的な分析が公表されることはなかった。専門家による分析に唯一絶対のものがあるわけではないし、最後は政治的決断が必要である。とはいえ、議論の出発点になる詳細な分析が存在していれば、もう少し事態の展開は変ったかもしれない。このような状況は経済政策に関する分析全般に当てはまる。政府部内の専門家集団としての能力を国際的な競争にも耐える水準に引き上げるとともに、その能力をいかに引き出すかは今後の重要な課題である。

'05.10.19.朝日新聞

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