散歩道<1063>

                      時流自論・米「広報外交」の光と影(3)    (1)〜(3)続く

 先月発表された米国の政府説明責任局(GAO)の報告書は、巨額の予算を投じたこうしたブランド化戦略がことごとく「失敗」していると激しく批判したうえで、ジャーナリズムや政治家、教師、学生の国際交流、外国語学習の重要性などを指摘している。一方的な情報提供ではなく、対話や交流を通じて互いの誤解や偏見を解いていくことこそ急務というわけだ。その根底にあるのは、歪んだ(ゆがん)だ他者理解からは歪んだ外交政策しか生まれないという認識であり、単なる情報量やPR戦略の問題に矮小化してはならないという反省である。マローの名言を思い出す。「情報・・・を5千マイルなり1万マイル動かすことが重要なのではない。そんなことは電気的な問題に過ぎない。国際コミュニケーシヨンの連鎖を決定的に連結させるものは、個人的な接触を最善の形で橋渡しする最後の3フィト(1b)、すなわち他者との対話である。昨今、米国でも日本でも、国際交流事業に公的資金が用いられる際、「国民の税金なのだから」という論理のもと、自国の政策に批判的なテーマや意見、参加者が排除される傾向があるようだ。しかし、それは今日の情報社会やネットワーク社会において全くの逆効果でしかない。又、市民社会から地域連合、グローバル社会に至るまで配慮すべき「パブリック」が多様に重なりあう今日にあって視野が狭量すぎる。マローとも親交があり、第2次世界大戦後の日米交流にも貢献してきたフルブライト留学制度の提唱者としても有名なJ・ウイリアム・フルブライト上院議員は、マローが長官に就任した同年、上院外交委員長として声明を発表した。「私は米国の教育・文化交流事業が戦いをするための武器や手段であるという考えを否定する」。それは「はじめに戦いありき」というパワーゲーム的な発想の危うさを説くものであると同時に、今日的状況への警告のように思えてならない。

'06.6.12.朝日新聞・  慶応大学教授・渡辺  靖氏

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