散歩道<1049>
活字文化が危ない!メディアの役割と責任・育て考える力 言葉の力信じて(2) (1)〜(2)続く
基調講演・柳田邦男氏、パネリスト早稲田大学教授藤田博司氏・共立女子大教授鹿島茂氏・
大阪大大学院教授鈴木秀美氏・弁護士山川洋一郎氏・山口大大学院教授山本哲郎氏 (自分で纏めたもの) '06.4.12.朝日新聞
| 討 論 会 趣 旨 | |
| パネルデスカッシヨン | 13、新聞宅配を辞めてインターネット的なものになれば、情報のザッピング(テレビチャンネルを次々と変えて情報が断片的になること)という現象が起ると思う。この現象がいけない所は、非常に短絡的な反論をすることで、一部分を捉えて「この人はこうだ」と決め付ける思考法が普通になってしまう。思想は長い文や書物でないと伝えられないが、インターネットではこれが出来ない。 14、(一部のエリート達は多少の文化の変化があってもある程度の水準を保っていくが)、大衆の人が読むものは別になっていく、教育のレベルというか、二極分化がどんどん進んでいく。 15、きちっとした書き物、活字、ボリュームがあるものを読むことはエネルギー、主体的な努力を要する。小さい時からトレーニングしなければならない、きちっと読書するには学校、家庭教育の問題で、社会の色々なところで努力しなければならない。 16、フランスでは未だに入学資格試験は記述式で、そのとき課せられる作文がある。採点のポインとは、ある意見を述べる時、反論を加えてくる他者の意見をどの程度自分の中に取り入れて、強烈な反論をくわえられるかどうかだ。この作業は大人になるきっかけを作る。(学生を相手にするとき、自分の中の他者を育てるという教育を施すことが重要だ。) 17、民主主義において立法、司法、行政の「三権」に対し、新聞は「第四の権力」とされ、全国紙でも地方紙でも大きな影響力をもっている。最近はプライバシーや個人情報の保護の方に少し振れすぎている。書きすぎてもいけないと同時に、書き控えてもいけない。こうしたバランスは新聞編集携わる人達にとってむずかしい問題で、きちっと価値判断をしながら、国民に知らせるべきものをきちっと書いていくことが大事だ。 18、国家の役割には、自由を過剰に規制しないと同時に、情報の自由な流れを守る役割りもあるはずだが、さじ加減が難かしい。 19、日本が経済的にも思想的にも格差社会に慣れていないのに対し、ヨーロッパでは何百年も格差社会が続いている。 20、話す能力、或は考える能力、これを小学生の頃から家庭内で徹底しない限り、活字文化離れは免れない。新聞はその手段の一つであり、小さい頃から新聞になじませるような指導を両親がしていかないといけない。 21、日本のテレビ界には、青少年保護や、人権を守るため苦情を受け付ける機関があるが、活字業界は横断的に苦情を受けつける組織がない。ドイツにはプレス評議会というものがあり、プレスコードという倫理綱領がある。この記事がおかしいと思ったら誰でも苦情を申し立てることが出来る。('06.5.朝日新聞で中国でも、このような仕事を(インターネットで)する人が活躍中だそうだ) 22、明治維新の頃、それこそ、漢文の素読で育ったような人たちが留学生として外国に派遣された。特に理科系教育のバックグランドがあったわけではないが、たった数年で大変なことを学んで帰り今日の日本の礎をつくった。なぜこれが可能であったのか。日本語の中に、主に漢文教育という形で組み込まれていた倫理性というものがあったからだ。言語教育をなおざりにした教育というものは全て駄目だ。新聞を読むことで言葉を学習してきた経験を踏まえ、新聞はそのような役割を果たすことができると思う。 「電車で読書」はいま昔 多様な論調守る宅配 ネット、短絡思考招く 人権口実に報道規制 新聞通じ教育期待(皆様の見出し) |