散歩道<1028>
ソニー60年・「777」の輝きもう一度 (1) (1)〜(2)続く
2003年1月ソニーの取締役会議長の大賀典雄さんが退任した。その記者会見で「もっとも印象に残っている製品は」との質問に、「入社して最初に手がけたテープレコーダー、TCー777だ」と答えた。私はそうだったのかと膝(ひざ)を打った。昭和36年製のこのステレオの大型テープレコーダーに私が初めて接したのは、明治学院東高校の授業だった。音楽教論の廣野嗣雄先生の授業では、このテープレコーダーで編集したバッハの音楽を生徒に聞かせて解説するのが常。先生がこの録音再生機を操作する時の「SONY 777」の文字がまぶしかった。私は「777」から流れ出るバロック音楽の迫力にクラクラきて、大学では音楽の素養もないのに管弦楽部に入り、バッハ三昧の4年間を過ごす。だが今もって、あの高校時代の感動は得られていない。一体、あのテープレコーダーは何だったのかと思い続けていたが、その謎が記者会見で解けたのだだった。大賀さんは、東京芸大声楽科の学生時代から東京・五反田の町工場に過ぎなかったソニー(東京通信工業)に出入りし、嘱託を経て社員となり、後にトップとなり「世界のソニー」を完成させた。「ソニー」の社名の語源は「ソニック(音)」だが、音楽家としてその名に恥じぬ製品として作りあげたのが「777」。ちなみに私に「777」を聞かせてくれた廣野先生は今、東京芸大オルガン科教授としてこの道の第一人者だ。大賀さんの記者会見は「777」「大賀さん」「廣野先生」という私のささやかな音楽人生の原点を40余年ぶりに納得する一瞬だった。
'06.5.13.朝日新聞 ノンフイクシヨン作家・山根一眞氏
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